劣等感を救いたい

 

 

 

 

劣等感や哀しみは時にエネルギーになるけどやっぱりそれを飼い慣らすのは難しいなと感じる

 

誰かのためを思って発言したその言葉は違う誰かを傷つけそうやって当たり障りない言葉ばかりが増えていくし、なんだかなあと思う

 

人に興味が無いくせに自分のために生きたくないから誰かのために生きてるし、その誰かが定まってないから時々生きてる意味を見失うし

大切な人とか守りたい人が特定されてないから中途半端な自我が出てきて苦しい

 

 

誰かの言葉に気が楽になることはあれど救われることなんて無いと身をもって感じているから、私の言葉で救うことなんてまずできないとわかってるのに

それでも救いたいと思ってしまうんだよな

 

なのに誰も救えないんだよ

それが苦しくて苦しくて自分も救えない人間が何をって感じだけどさ

 

質問箱で相談してくれる人に対して

できるだけポジティブな方向に終わらせることはその人の気を無理やり持ち直させることだとおもっているから、それはしないで、できるだけ寄り添う形にしたいと思いつつもうまくいかないし そりゃそうなんだよ だって私カウンセラーでもなんでもない 誰も救えねーこんな夜の中ポイズン

 

 

バンタンのいうラブマイセルフは、生まれ変わらないとできないと思っている

でもみんなには人生の終までにラブマイセルフしてほしいと思う、そこまでのサポートがしたい 、私は誰か一人でも生かしたいんだよ

 

自分を卑下することはバンタンに反するかもしれないけど、誰かのラブマイセルフまでのその手助けをするのだって私の1種の救いなんだ

 

 

 

 

きもちわりー綺麗事だと思うだろうけど

これは全部本当だからさ 自分の無力さを思い知るよ 綺麗な終りなんてまだ先だな

 

 

 

とりあえず誰かを悔やむ前に私は私が生む言葉を大事に抱きしめて眠りたい

私の言葉だけが信頼出来る何かだから

唯一信頼出来るその言葉たちを誰かに届けたいよ

バンタンと一緒にさ

 

そしたら自分の心の底にある劣等感も少しは救われる日が来るかもしれないじゃん、これってある種の承認欲求?知らんけど、まあこれくらいなら認めてあげたいよね 善よりやる偽善なんて言葉があるくらいだし 

偽善に思われようとそれが本心だからしょうがない

 

 

  

 

 

 

 

 

まとまんないな

 

皆様は自分のためだけに精一杯生きてね

でも苦しかったら誰かのために生きてもいいよ

 

 

 

それだけ 脳直ブログでした